そのかたづけに くぎづけ

    片づけコンサルタントとして片づけについて書いていく     「依頼する」 HP http://tanitsukasa.wix.com/seisatsu

1話-1 「片付けの理想」

1話-1 「片付けの理想」




まずは最初のシーンを取り上げてみよう。


まいの友人・菊池とまいの後輩・真美が

まいの家を初めて訪問する場面
だ。



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床に寝転がるまいを天井から見たショット。

インターホンが鳴り、菊池と真美を出迎えに行くまい。

靴をクローゼットに取りに行くまいはさておき、

家に入るなり、

何もない部屋と数少ないモノたちの収納方法に

驚愕する菊池と真美。




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この場面では

「僕個人の片付けの理想」の2つが表されていると言える。



1つは「だらけるためにモノが整理されていること」

もう1つは「他人を部屋に招いていること」である。






まいは部屋に何もないことの居心地の良さに

浸っているだけであるかもしれないが、

何をするでもなく、くつろいでいる。




片付けの目的が、

「だらけたり、くつろいだりすること」にあるのだ。

仕事のしやすさや家事の効率化などがゴールではないということ

(難しく言うならば、目的をもって何かに取り組まないことが目的である。)




何かをしなければならない状況であることに対して疑問を持ち、

何もしなくていいけれど、何かするなら単純化する態度である。

何かをしなければいけない状況を自らが作り出すことで、

モノが増えることを理解している状態である。




例えば、

趣味を作らなければいけない状況であると自らが決めるから、

その趣味で使うモノが増えていく


趣味など作ろうとしなくてもよい、

趣味が自然にできたなら、最低限のモノで楽しもうとする態度である





この目的で、

厳選したモノしかない状態まで片付けられれば、

他人を家に招くことなど

何の心配もいらない





しかし、この目的を達成しようとすると、

他人からは、

本来あるべきモノがないが、

それが何なのか分からない、

あるいは非常に不自然に感じられてしまうのだ。



例えば、

この場面にあるように

すぐに使えるようにテーブルの上にあるはずのティッシュやリモコンが

すぐに取り出せない場所に収納されていれば

あかの他人は不便・不快に感じるだろう







主人公の最初の登場シーンが

視聴者を引き付けるのは

自分とのギャップが大きいことが多いからであるが、

「まいが片付けの理想を実現しているだけである」

というようにギャップの正体が説明できれば、

最初のシーンは大したものではないように感じられるかもしれない。











『わたしのウチには、なんにもない。』
http://www4.nhk.or.jp/P3879/

原作者 ゆるりまい
(Blog : http://nannimonaiblog.blogspot.jp/



【出演者】

夏帆 : まい

近藤公園 : 夫・つとむ

朝加真由美 : 母・ふみ

江波杏子 : 祖母・はつ子

趣里 : まいの友人・菊池

大久保聡美 : まいの後輩・真美

 

 

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